対談 有識者×SPJOB

特別対談 「お仕事の選択と実現」 第1回“九州篇” 映画SP野望篇・革命篇 監督 波多野貴文 × 木本亮

波多野監督 九州篇 アイキャッチ

岡田准一さん主演映画「SP 野望篇・革命篇」。この対談記事は、本作でメガホンをとった波多野監督へのインタビューシリーズ。

「いい人材を集めたい。業界に革命を起こしたい。」そんなエスピー・ジョブの想いを、波多野監督は応援してくれる。

〈取材・文 木本亮 、 写真 キタガワミチヒロ〉

・インタビュアー木本亮の回想

このインタビューが実現するはるか以前、映画撮影のクランクイン前の事を回想したい。

私木本はドラマに引き続き、脚本内容を検討する初期段階から携わっていた。そのことに有り難みと醍醐味を感じていた。原案・脚本を手がける金城一紀さんとの打ち合わせは、私にとって刺激と発見の連続だった。

脚本が出来あがり監修者としての任務は終了かと思った矢先、ドラマと同様に撮影現場に立会うよう要請を受けた。エキサイティングな日々がやってくると予感した。

そしていよいよクランクイン。ドラマの時は「本広克行総監督の元で演出していた波多野さん」が、「映画監督 波多野貴文」になっていた。

撮影中に何度か監修者としてのあり方について助言を頂くこともあった。現在でも人生上の様々な問題について学ばせて頂いている。

そもそも作品におけるリアリティーとは監督にとってのリアリティーであり警護現場のそれでは無い。監修者の仕事は、そのサポートだといえる。

波多野監督は緻密な取材の元で巧みに作られた設計図=脚本を元にして、ロケ地、小道具、衣装からセリフにいたるまで尋常ではないこだわりで設計者の意図を汲んで世界観を構築した。

映画の公開終了後も波多野監督とのご縁は続き、ついにこのインタビューが実現となった。とても感慨深い。

前置きはこのくらい。

それでは第1回となる「九州篇」をご紹介したい。読者の皆様がおかれた立場から、何らかのメッセージを汲み取って頂きたい。

・誕生 波多野貴文

-1973年9月、熊本県山鹿市。灯籠や温泉で知られる九州の田舎町で波多野監督は生まれた。

「大学進学まで山鹿で育ちました。実家は建設業を営んでいます。現場見学に連れて行ってもらったりしてオヤジの背中を見て育ちました。小学校を卒業する時には、宇宙基地を作りたいなんて思っていました。中学時代は、土曜日になるとレンタルビデオ屋に通い詰め、感覚に任せて色々な映画を見ました。」

・少年時代の夢

-“一度はこの土地を出て、世界を見てきたらどうだ?”そんな導きをしてくれるお父様だったという。

「オヤジがすすめてくれて、ホームステイに行かせてもらいました。そこで見た“HOLLYWOOD”の看板が印象に残りました。帰国してすぐ母に“映画の仕事をしたい”と言ったみたいです。SP公開後に母校訪問したとき、中学時代の先生に会う機会がありました。そういえばお前は昔から映像作りたいって言っていたよな、といわれて感慨深かったです。」

-故郷に錦を飾るとは、まさにこのことだ。

「人間の人間たる所以は、喜怒哀楽があることだと思っています。それを表現できる映像のチカラって凄いと思いました。中学の進路指導で映画やドラマを創りたいと言った気がします。それを知った祖父は、どこからかツテを頼って映画の台本を手に入れてくれた事がありました。ただ当時は手がかりも無く、“監督になる方法”のような本を読んだりしましたが、どう動いてよいやら見当がつかず、そのまま地元の高校に進学しました。その後も映画やドラマを見ることは、まわりの友達に比べ好きだったように思います。」

・導かれる必然

-興味のある面白いほうへ導かれていた。

「小学生の時にサッカー愛がハンパない先生と出会いました。ワールドカップの録画を見ながら解説指導してくださる最中、一番興奮しているのはご本人だったりするような。そんな先生に影響を受けて、サッカーが好きになりました。当時としては先進的な練習方法も多く、とても新鮮で刺激的でした。中学校ではバスケ、高校では陸上部と美術部に入り活動しました。」

-事を成す為に必要な事があるという。

「共通して言えることは、指導者や仲間に恵まれたということです。互いの存在が刺激的で切磋琢磨できるというのは、何かを成し遂げるために必要不可欠だと思うのです。そしてそれは、偶然出会えるものではありません。まず自分がモチベーションを高く持っていること。それがその環境へと結びつけてくれるのだと思います。」

第1回「九州篇」 終わり

第2回は「大学篇」。上京して大学で建築学科を専攻。尊敬する教授の元で研究に勤しむが大学院には進学せず、就職もせず、フリーターとなり夢に邁進するエピソードです。乞うご期待!

 

・参考 業界用語で「わらう」とは

-写真撮影のためにテーブル上のグラスを片付けようとした時、波多野監督が興味深いエピソードを話してくれた。皆さんは「わらう」という業界用語をご存知だろうか。テーマとは直接関係ないが、ご紹介させて頂きたい。

「テーブルの上の物を片付けましょう。僕たちの業界では“わらう”と言います。映画やドラマにおいて、意味の無いものは画面に存在しません。例えば小道具を用意してくれるスタッフさんがいて、あちこちから苦労して集めてきてくれる。作品全体のバランスとして、監督の私がそれを不要なものと判断したときは、“それ、わらって”と。」

-苦労が報われなかった小道具さんは、心で泣いて顔は“わらう”というわけだ。

第1回故郷九州篇、おわり。

エスピー・ジョブ 木本亮

投稿者の記事一覧

警護学校「SAFE HOUSE」総長
http://safehouse.toyko/

□監修□
フジテレビドラマ「SP 警視庁警備部警護課第四係」('07)
映画「SP THE MOTION PICTURE 野望篇・革命篇」('10,'11)

□身辺警護考証□
NHKドラマ「4号警備」('17)

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