コラム

コラム「要人警護」 リンカーン大統領

コラム要人警護19

アメリカ大統領選挙に関する報道が盛り上がっている今日この頃。

オバマ大統領が広島の平和記念公園を訪問した時、メディアは歴史的な意義にとどまらず、大統領の厳重な警護体制、ミサイルや生物化学兵器にも耐える専用機・車両にも言及し、際立った安全措置について多くの視聴者が興味を持ったようでした。

 

アメリカ大統領にどれほどの安全対策を要するのか。その職務にはいかなる危険がともなうのか。

オバマ大統領の就任直後、私は日本国内で活動するアメリカ司法当局の知人から「新大統領が暗殺に遭う危険性は、少なく見積もっても従来の4倍以上だ。」と聞かされたことがあります。

 

さて、第16代大統領エイブラハム・リンカーン(任期:1861年3月4日〜1865年4月15日)といえば、アメリカ国内の世論調査で「歴代大統領で功績No1」や「国民に最も尊敬されている歴史上の大統領」と評されています。2位や3位はフランクリン・ルーズベルトやジョージ・ワシントン。

国を二分する内戦(南北戦争)、黒人奴隷の解放か否か、自由貿易(北軍)か保護貿易(南軍)かという闘争の最中で、頻繁に脅迫を受け誘拐や暗殺の標的とされていました。

そんなリンカーン大統領の安全対策は、一体どうであったのでしょうか。オバマ大統領と比べてその規模は?

劇場で撃たれ亡くなったことは皆さんご存知かも知れませんので、今回はこのコラムならではのマニアックな視点からお話しします。

 

ワシントン警察の警察官であったジョン・パーカーは1865年4月15日、リンカーン大統領を警護するためフォード劇場で任務にあたっていました。

とはいいましても、自分も劇を眺めたり酒を飲もうと場内のバーに入ったりと、かなりの怠慢ぶりでした。リンカーン大統領は全くの無防備状態であったと言えるでしょう。

もともとリンカーン大統領は自分に警護が必要だと思っていなかったのか、必要だとしても(国民と対話しやすいように)警護を受けるべきではないと思っていたのでしょう。周囲のすすめを長らく拒んでいたようです。暗殺される数ヶ月前になってようやく、警察官4人を警護官として勤務させる法案が可決され、大統領はしぶしぶ警護措置に同意したのでした。

そのような背景がゆえに、必要な警護訓練を何も受けていない、モチベーションの低い警察官に運命が委ねられた状況。

 

役者を生業としており南軍を熱狂的に支持するジョン・ブースという27歳の男性は、フォード劇場にリンカーン大統領が来ることを当日の夕方から察知していました。

夜10時を少し過ぎたとき、ジョン・ブースは大統領一行のいる個室ボックス席に忍び込み、全員が鑑賞に集中しているスキを見て後方から大統領に向けて発砲しました。

手当の甲斐も無く、翌朝になって大統領は亡くなりました。

 

リンカーン大統領は暗殺された最初の大統領であり、現在までに4人が暗殺されています。

第20代 ジェームズ・ガーフィールド 1881年7月2日 駅で銃撃
第25代 ウィリアム・マッキンリー 1901年9月6日 博覧会場で銃撃
第35代 ジョン・F・ケネディ   1963年11月22日  街頭パレード中に狙撃

 

フォード劇場に到着する直前にリンカーン大統領が行っていた仕事、つまり在任中最後の公務となってしまったのは、財務省検察局(いわゆるシークレットサービス)を新設するための法案に署名することでした。暗殺事件が起きてから3ヶ月弱の7月5日、法案の承認に基づいて、シークレットサービスは財務省の内局として新設されました。主に偽造紙幣の摘発・逮捕を目的として。当時アメリカでは流通する紙幣の3割以上が偽札という社会背景があったためでした。

 

現代では先述の任務に加えて、大統領の警護を行う機関として有名です。しかしそんなシークレットサービスには、意外な事実があります。

シークレットサービスに対して大統領を警護する権限を与える法案が可決されたのは、第33代トルーマン大統領の在任中である1951年7月16日のことです。1865年にリンカーン大統領が暗殺されてから実に86年後のこと。

 

この空白ともいえる86年間は、ときどき警察官やシークレットサービスが「法的根拠や権限もなしに、要請に応じて警護することがあるかも」という曖昧な状態でした。既に2人の大統領(ガーフィールド、マッキンリー)が暗殺されていたにも関わらず。

 

1951年になってようやく法案が可決されたとはいえ、その後もしばらくはお粗末な体制が続きました。

たとえば1963年当時。ケネディ大統領の警護官は射撃訓練を受けるだけで、警護の専門教育は何も受けさせられず、新人は勤務初日にいきなり機関銃を手渡され「とりあえず大統領車に同乗しろ。歩く時は一緒に付き添え。」という有様だったと当時の警護官が証言しています。

ダラス訪問時には、事前準備のために先着した警護官はわずか2名。7名一組のチームが移動中に同行するのみ。今ではちょっとした俳優さんのパレードやレッドカーペットでさえ、もう少しマシな体制です。

 

アメリカという国は歴代大統領たちの命の犠牲を経験し、他国リーダーを遥かにしのぐ現行の警護体制にたどり着いたのです。

 

その他の大統領の暗殺や未遂事件については、追々お話させて頂ければと思います。

 

おわり。

 

 

エスピー・ジョブ主催 木本亮

投稿者の記事一覧

□略歴□
京都大学工学部を自主退学しロンドンの警護訓練学校に留学。帰国後は通常の警備会社が対応しない「ややこしい案件」などを好んで下請け。そのご縁で2007年に大手警備会社の警護部門新設時に責任者就任。2014年に再び独立し、オンライン犯罪抑止システムの開発に取り組みながらセキュリティーチーム「SP7」の代表を勤める。

□警護技術監修□
フジテレビドラマ「SP 警視庁警備部警護課第四係」('07)
映画「SP THE MOTION PICTURE 野望篇・革命篇」('10,'11)

□身辺警護考証□
NHKドラマ「4号警備」('17)

□著書□
『SPのお仕事』(産經新聞出版)

□コンタクト□
kimoto@sp-job.com

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